ガラパゴス諸島は、 1535 年、パナマの司教フレイ・トマス・デ・ベルランガによって偶然に発見された。以後、海賊船と捕鯨船の 1〜18 世紀を経て、 1832 年のエクアドル領有以降、人の移住が始まった。 1835 年にイギリスの博物青年チャールス・ダーウィンがビーグル号で来航し、生物を調査し採集して帰った。のちに「ビーグル号航海記」( 1845 年刊)と「種の起源」( 1859 年刊)により、ガラパゴスの特異な生物相は広く世界に知られるようになり、進化論の島として注目され、欧米から多くの学術探検が行われた。

   第二次世界大戦後、 1958 年のユネスコ調査報告により、群島の自然保護が提唱された。エクアドルは 1959 年に陸地の 97 %を国立公園に指定して保護に乗り出し、欧米ではダーウィン財団が結成されてサンタクルス島の南岸プエルトアヨラにダーウィン研究所が 1964 年に建設された。以後、国立公園管理局とダーウィン研究所によって自然環境と生物多様性の保護保全がすすめられている。 1978 年にはユネスコにより世界自然遺産の第1号に指定された。 1986 年、群島周辺の海域は海洋保護区に指定され( 1998 年に拡張)、 2001 年には海域も世界自然遺産に追加指定された。

   現在はエコツーリズムを基盤のする観光産業が主な経済活動となっているが、来島者と物資の流入に伴う外来生物の増加、さらに人口の増加が加わり、環境と生物多様性保全に新しい課題を投げかけている。

   人の居住は、次の4島だけである。サンクリストバル島(居住の中心地は沿岸:バケリソモレノ、内陸:プログレッソ)、フロレアナ島(沿岸:ベラスコイバラ、内陸:アシロデラパス)、サンタクルス島(沿岸:プエルトアヨラ、内陸:ベラビスタとサンタロサ)、イサベラ島シエラネグラ火山(沿岸:ビヤミル、内陸:サントトマス)に人が居住し、内陸山地では農業、沿岸部では漁業や観光サービス業に従事している。 2005 年の総人口は二万五千人。

 


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