1. 1970 年代と 1990 年代のプエルトアヨラ
  2. 1970 年代と 1990 年代のベラビスタ
  3. バケリソモレノの変遷
  4. ポストオフィス湾の樽ポストの変遷
  5. イサベラ島ビヤミルとサントトマス

■1970 年代
No.928

1970 年。海から見たプエルトアヨラ。
No.1009

1970 年。 920 は街中の風景。当時は、自動車がなく、道路は未整備の時代だった。
No.924

1978 年。プエルトアヨラの中心部、教会と広場(参照: 1009 )。 1012925 は街中風景。
1975 年に道路が造られ、自動車は走っていたが、道路は未舗装。

■1990 年代
No.1029
No.1030

1999 年。街中風景。 10301012 と同じ場所。


ベラビスタはプエルトアヨラの北方5キロにある農村部の集落である。

No.408
No.1010

1970 年のベラビスタ広場。帰化植物ギョウギシバが生えていた。
No.406
No.407

1978 年のベラビスタ広場。帰化植物ギョウギシバが生えていた。
No.1094

1998 年のベラビスタ広場。舗装されている。

No.1307

1964 年のバケリソモレノの街中風景。
No.1309

1970 年、海から見たバケリソモレノ。
No.906
No.1291
No.1292

1970 年のバケリソモレノの街中風景。
No.1296
No.1297

1991 年のバケリソモレノの街中風景。
No.1114
No.1115

1998 年のバケリソモレノの街中風景。
No.897

ダーウィンの胸像は、 1935 年、ダーウィン上陸 100 周年を記念して建立された。
897、898899 は 1964 年、 900 は 1970 年、 901902903904 は 1991 年。この期間に胸像の位置が移され、周辺は公園化された。

No.909
No.908
No.910

1970 年の樽ポストとその周辺。
No.911
No.1133

1978 年の樽ポストとその周辺。
No.912

912 は、樽ポストに打ち付けられていた板。
そこには、「 JAN. 1960 海鷹丸  UMITAKA-MARU 」と書かれている。

これは、東京水産大学がダーウィンの「種の起源 (1859) 」刊行 100 周年を記念して、 1959 年、調査団を海鷹丸で派遣したとき、一行が樽ポストに残したものである。この記念すべき証拠は、 1964 年、 1970 年、 1978 年までは存在していたが、以後、消失している。

 イサベラ島シエラネグラ火山の南麓にビヤミルの港、中腹にサントトマスの集落がある。 1970 年〜1995 年の期間の画像はほとんど無い。ここには、 1998 年〜2001 年の時期の画像をあげておく。

No.894

889890891892895
および 1102110311041105
1998 年〜2000 年のビヤミルのダーウィン研究所分室と国立公園管理局分室。ゾウガメ人工増殖施設と集会所があった。 894 は、事故死した職員アルナルド・トピサの名を冠する施設の標識。 896 は、当時唯一の日本製軽ジープ、 SAMURAI 。
No.1100

ビヤミルの新設空港。1101 は街並み。
No.857

サントトマスに 1970 年にもあったダーウィン研究所の山小屋、コラソンベルデの標識、 1978 年撮影。
No.1107

2000 年。
山小屋コラソンベルデの新しい標識(参考: 857 )。
No.1108

2000 年撮影、サントトマスの広場。
No.1109

2000 年撮影、サントトマスの広場に面して立つダーウィン研究所の山小屋、コラソンベルデ。